頭の整理と思った事。

善悪とかの感情はなしに思った事。

料理研究家の定義がよくわからん

( ゚ ρ ゚ )ボー、マックです。

 

ネットのおかげで誰でも

レシピの公開ができるようになりました。

ひと昔まえなら雑誌や本、TVが主体。

 

そんな中、現代の料理研究家って、

コピーして数字と中身をちょっと変えるだけの人が増えた。

 

この分量でやれば完璧に仕上がるってのもあるけれど、

材料は今も昔も変わらないのだろうか?

むしろ昔の味を再現できるとか、

同じ味を維持できる、そんな人は尊敬するだろうけれど。

そんなレシピに再現性があるのは少数派かと。

 

結局、何を研究しているか?について、

ひと昔まえなら、フランスの郷土お菓子などあったけど、

現代は何をやっているか?不明でも名乗れば料理研究家の扱いで、

増えたと同時に質も下がった(´・ω・`)

その原因もyoutubeに行きつくわけです。

 

お金の為に劣化コピーが増えすぎて、

ネットのにフェイク情報や間違いが増え、

その中からいい物を探せ!ってのは、

グーグルにとってはいい顧客でしかないわけです。

 

無料のよくわからん情報が溢れて、

本当に求めている物にたどり着けなくなった、

熟練者でなければ。

 

これって現実の社会構造、

わかりやすいとこでいうと、

携帯の複雑な料金形態と同じで、

知識が少ない人程損をする仕組みが、

派生したもんなのよね。

 

だけど、

日本の教育では、

子供に英才もどき教育を受けさせるけど、

親が愚行をするので帳消しにされるわけです。

 

例えば地元の駅近くににおおきな塾がありますが、

子供を迎えに大勢の親が外で出待ちをするわけです、

中には路駐でその近辺の交通網や歩道を

悪化させている事に気付けないのよね。

 

子に盲目で周りが見えない親が増え過ぎた、

その愚行を繰り返している家庭に、

まともな子が育つか?については、

可能性は低いと言えます。

 

何度も書いていると思うけど、

環境により人は作られる。

 

親の素行の悪さは、反面教師としてならいいけれど、

同調する場合はどうなるか?想像できると思います。

 

と、話はそれたけど。

 

結局、なんでも適当にカテゴライズして、

カルピスの原液適当に薄めた情報が

ネット社会を埋め尽くしつつあるので、

有料でなければ素人が目的の情報にたどり着きにくくなった。

 

結局、そこでも人の欲によるもので、

社会は無駄に複雑化を強いられているわけっす。

 

なので

シンプリストやミニマリストにシフトするのは

ごく自然の流れなんやろうね。。

 

そんなわけで、

自分を料理研究家なんて名乗っていないのよね、

探求や遊戯には興味あるけど、

ほとんどの人が研究してる風を装っているだけなので、

既存のレシピを改ざんするだけで

料理の世界を混沌化させているだけなんよ┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 

それならNHKの今日の料理ビギナーズで事足りる。

 

あとは多く聞く、

ネットでレシピ検索は基礎がある人以外やるな!です。

調べないと作れない人、アレンジできない人が増加中。

それって、食べる物の中身に興味がなく、

出来上がった形で満足する。

 

食育的に言うと、

形骸化思考を情報として食しているって事になります。

ようは見た目だけよければ中身はどうでもいいって人が

食によって人格形成されるわけです。

 

とはいえ、

現代人の食事は、情報的な食事が一般的ですが。

SNS中毒による弊害ですね。

 

一度できた人格はなかなか手直しできないので、

バカは死んでも治らない。

バカは死ななきゃわからない。

のような文言があるわけなので、

昔から人は大して変わっていないのかもしれませんね。